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「町内の若い衆」はお腹の子の父親か

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「町内の若い衆」における2つの解釈

当研究会は、夫婦2人で落語の研究をしているわけだが、どんな落語が好きかという落語観については、意見が割れることはほとんどない。しかし、物語の解釈については異なる見解を持つ場合がある。「町内の若い衆」がそれである。

 父親は誰か

この噺は、夫の友人から「この不景気に(あるいは物価高に)赤ん坊をこしらえるなんて、おたくの大将は働き者だ」と言われた妻が、「町内の若い衆が寄ってたかってこしらえてくれたようなものですよ。」と応じるのがサゲになっている。

このサゲについて、(当研究会の)妻と夫で解釈が分かれた。(以下、当研究会の妻と夫は、“妻”、“夫”と表記)

“妻”の解釈は「お腹の子の(生物学的な)父親は夫であって、町内の若い衆ではない」というもので、過去の記事で紹介した柳家喬太郎の解釈と一致している。

そして、“妻”はそれ以外の解釈はないと思っていたので、“夫”が「お腹の子の(生物学的な)父親は町内の若い衆である」という解釈をしていることを知って驚いた。

父親は夫であるという解釈

“妻”が「お腹の子の父親は夫である」とする論拠は以下の通り。

  • この噺は、「時そば」や「つる」などに通じる「真似そこない」型 *1 の噺である。
  • 「兄貴分の内儀を見習え」という夫に対して、妻は「(同じ台詞を)言ってやるから、建て増ししてみろ」と応じ、機会さえあればその台詞を言おうとする姿勢を見せている。
  • 「お前はそれでも女か」と言う夫に対して、妻は自分が立派な女であると主張し、「お前さんだって覚えがあるだろう」と夫に確認を迫っている。*2 *3 *4
  • 前半の滑稽さから、サゲも軽いものであってほしいという願い。 
父親は町内の若い衆であるという解釈

“夫”が「お腹の子の父親は若い衆である」とする論拠は以下の通り。

  • この噺は、「粗忽の釘」や「紙入れ」に通じるような、粗忽者や男の間抜けさを嗤う噺と同種の噺である。
  • 「兄貴分の内儀を見習って奥ゆかしくしろ」という夫の要求を、妻がそれほど重視しているとは感じられず、思わず口をついて出るほど、無意識下に刻まれているとは考えにくい。
  • 訪ねてきた夫の友人が妻の受け答えを試すという依頼を受けているということに妻が気付いている描写はなく、夫が要求した台詞を言う動機が薄い。
  • 「真似そこない」という点では、妻が真似そこなったというより、甲斐性がないくせに妻に過大な要求をした夫が、妻に真似をさせそこなった、つまり、「内儀に奥ゆかしく振る舞わせるほどの甲斐性がある兄貴分を『夫が真似そこなった』」と言える。

確証があるとは言えない

以上、双方の論拠を挙げてみたが、双方とも確たる証拠はなく、状況証拠でしかない。*5 当研究会の会員は、双方とも自分の解釈の方が面白いと考えているので、それぞれの解釈のまま、この噺を楽しむことにしている。 

解釈を定める必要はあるか

落語に限らず、小説や映画など、あらゆるジャンルにおいて、複数の解釈があり得る物語については、正しい解釈をひとつに定める必要はなく、それぞれの楽しみ方があってよいのではないだろうか。

今後の課題

この噺を演じる落語家がどのように解釈しているのかは、直接聞いてみないと正確には分からないだろうが、演じ方に差が出る可能性はあると考えている。

  1. お腹の子の父親は夫であると解釈し、そのように演じる。
  2. お腹の子の父親は町内の若い衆であると解釈し、そのように演じる。
  3. お腹の子の父親が誰であるかの解釈を観客に委ねられるように、どちらともとれるように演じる。

この3パターンが考えられるだろう。今後はこの点にも着目して聴いていきたい。

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*1:「真似そこない」が一般的な用語かは未詳だが、的確な表現であると考え、「古今亭円菊 [町内の若い衆] における「しかんけの犬」: nouse(外部リンク)」から引用させていただいた。

*2:三遊亭圓楽 町内の若い衆 - YouTube(外部リンク)

*3:「町内の若い衆」柳家権太楼 - YouTube(外部リンク)

*4:町内の若い衆 古今亭菊之丞 - YouTube(外部リンク)

*5:柳家喬太郎も「さっき亭主に教わったことをそのまんま言ってみたら、とんでもない会話になっちゃった・・・・・・と、そういうことである。だと思う。たぶん。」と書いており、確証を持っていないことが窺える。『落語こてんコテン [ 柳家喬太郎 ]楽天)』

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