NHKの「日本の話芸 *1 」で柳亭市馬の『掛け取り』を観て、すっかり「三橋の旦那」に魅了されてしまったわけだが *2 、それ以前に「超入門!落語 THE MOVIE」で観たときには、正直言って「期待外れ」だと感じていた。
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「超入門!落語 THE MOVIE」の『掛け取り』を振り返って
【この記事の目次】
我々が『掛け取り』を観るまで
我々が「超入門!落語 THE MOVIE」で『掛け取り』を観るまでのことを振り返ると、
という状況だった。そして、実際に観た結果が「期待外れ」だった。
「期待外れ」の要因
その要因ははっきりしている。「持ち時間が短すぎたから」だ。「狂歌」と「喧嘩」の2つだけでは、この噺の魅力も柳亭市馬の魅力も引き出せるはずがない。「日本の話芸」版を観て、あらためてその思いを強くした。
こたえはいつも3
では、どれくらいの長さが必要だったのか。当研究会は、最低でも「3つの趣味・芸事を演じる時間」が必要だったと考えている。
「3」という数字はある意味でとても重要だ。「三種の神器」「三位一体」「世界三大○○」「三題噺」「こたえはいつも3 *3 」など、我々はなぜか「3」を好む。
落語の話からいったん離れるが、他に「3」のつく言葉をいくつか挙げてみよう。
「数が多いこと」や「繰り返し」
「三者三様」「二度あることは三度ある」「三度目の正直」「桂三度」「柳家三三」など、「三」が付く言葉は「数が多いこと」や「繰り返し」を想起させる言葉が多い。(最後の2つは違うだろ。落語から離れるって言ったくせに。)
「安定」「バランス」
また、「三国志」や「三権分立」など、「3」は「安定」や「バランス」を想起させる *4 。他にも「三脚」とか「三点倒立」とか・・・だと、物理的な話になってしまうが、どちらにしろ「3」は「安定」や「バランス」をもたらすと言えるだろう。
「複雑さ」
一方、二者の関係である「対立」と比較して、三者の「
「複雑さが増す」とはどういうことかと言うと、二者の関係であれば、「表と裏」のような関係までしか生じないが、三者になれば、「AとB」「BとC」「CとA」と、様々な関係が生じうる。恋愛における「三角関係」を考えると、分かりやすいだろう。*5
最低の「3」
もちろん、もっと多ければ、「数が多いこと」や「複雑さ」は増すのだが、それらを表現できる最低の数が「3」ということだと思う。
例えば、「人称」について考えてみると、「一人称、二人称、三人称」で「あらゆるもの」を分類している。「四人称、五人称・・・」と増やしていけば、複雑さが増すばかりで、実用からは離れていってしまうだろう。「3」ぐらいが調度良いのだ。
「三人寄れば文殊の知恵」が「四人」だったら、「4人も集めるなんて大変」となりそうだ。
落語における「3」
落語の話に戻ろう。(三度や三三は置いといて)落語で「3」のつくものとして、筆者がまず思い浮かべるのが『三枚起請』だ。
『三枚起請』が二枚なら・・・
『三枚起請』は、「遊女にだまされた男が三人で・・・」という噺だが、もしも「二枚起請」だったらどうか。
終盤、男達を代表して棟梁が遊女に詰め寄る場面があるが、他の2人が物陰に隠れ、それぞれの男に対する遊女の本音を訊きだした後で、1人ずつ登場する。もしも「二枚起請」であれば、後から出てくる男が1人だけになってしまうので、厚みが足りない。
また、最終盤、棟梁は「起請を破ると熊野の烏が三羽死ぬ」と遊女に言って聞かせようとするのだが、「熊野の烏」は3本足の「八咫烏」だ。
『子別れ』で用いられる「繰り返し」
別の角度から考えてみよう。落語ではまったく同じ台詞、あるいはほぼ同じ台詞を繰り返す場面がよく登場する。例えば『子別れ』では、「酒と女で身を持ち崩した男が、心を入れ替えた後、うなぎ屋において別れた妻と再会する場面」で、その手法が使われる。男はうなぎ屋に来ることになった経緯を妻に説明するのだが、照れくさいのか、まったく同じ台詞を二度繰り返してしまう。そして、三度目に入ろうとしたときに、息子が「お父っつぁん さっきから同じ事ばかり言ってる・・・」と割って入るが、もしも二度目でカットインしてしまったら、「繰り返し」の面白さが薄れてしまうだろう。
やはり『掛け取り』は「3以上」で
以上のことから、やはり「掛け取り」は3つ以上(の趣味・芸事)は必要だと考える。2つ以下では、「次々と訪れる借金取りを・・・」という感じがどうやっても表現できないだろう。「超入門!落語 THE MOVIE」は、落語ファンの裾野を広げるという意味で、とても効果的な番組だったと思うが、「掛け取り」は十分にその良さを発揮できなかったのではないだろうか。
追記:「超入門!落語 THE MOVIE」への要望
「超入門!落語 THE MOVIE」は面白い試みであったが、段々と丁寧さが欠けていき、シーズン2の後半になると、「がっかり」がかなり多くなったように思う。
もしもシーズン3があるなら・・・ということで、特にシーズン2で感じた不満を裏返し、期待を込めて要望として挙げておきたい。(関係者がこんなマイナーなブログを見つけてくれる可能性はあまり期待できませんけどね。)
制作の仕方について
「考証」について補足すると、例えば「百川」において、二階で手が鳴ったときに百川の主人が大きな声を出して直接応えていたのだけど、これにはかなり違和感がある。(我々の思い込みかもしれないが)下働きの誰かが応えるのが自然ではないだろうか。
落語家の起用について
- 落語家の選定は、知名度よりも上手さを優先して欲しい。
- できれば、往年の名人の音源を映像化することに挑戦して欲しい。
柳家さん喬は「学校寄席」について、「初めて落語に触れる子どもが多く、それ故にきちんとしたものを見せる必要がある」という主旨のことを著書に書いている。
「超入門!落語 THE MOVIE」は同様の役割を果たすのであるから、本当に上手い落語家を起用して欲しい。
重鎮への出演交渉が難しいのであれば、古い音源を用いるのはどうだろうか。逆に著作権の問題をクリアするのが難しくなるのだろうか。
*1:日本の話芸 - NHK(外部リンク)
*3:NHKオンライン | Eテレ 0655(外部リンク)
*4:「三国志」は戦いの話なんだから「安定」とはほど遠いじゃないか、と思うかもしれないが、諸葛亮孔明が用いた「天下三分の計」は、「三勢力が
*5:関係の「複雑さ」が「安定」や「バランス」の要因であるとも言える。「三者が互いに牽制し合うことで均衡を保つ」というのが、「三国志」と「三権分立」に共通する特徴だ。また、甲子園を目指す漫画で三角関係を描いていたりすると、双子の兄弟のうちの1人が交通事故に遭ったりでもしなければ、なかなか話が進まない。