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『三枚起請』の第三の男(柳家さん喬の場合)

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三枚起請』には3人の男が登場する。

その3人のうち、最後に登場する男、Wikipedia では「C *1 」とされている人物に焦点を当てて、柳家さん喬の『三枚起請 *2 』を聴いてみたい。

※ 『三枚起請』のあらすじを確認したい方は ここをクリック してください。

【この記事の目次】

三枚起請』の第三の男(柳家さん喬の場合)

柳家さん喬は男達をそれぞれ、棟梁、亥のさん、そして3人目の男を「清さん(清公)」として演じている。

その清さんに関わる場面を順に取り上げ、清さんについて考えてみる。

棟梁の家で

おしゃべりの清公

清さんが登場する場面、棟梁は亥のさんに「おしゃべりの清公が来た」と話し、清さんはその言葉を聞いてしまう。

激昂する清さんは、「背中を鉈で叩き割られて、鉛の熱湯を注がれたって」秘密を漏らさないほど口が堅いのだと主張する。

しかし、それほど大袈裟な表現を用いていながら、亥のさんが遊女に騙されたということを知るや、棟梁の苦しい言い訳に(恐らくは不承ながらも)矛を収め、亥のさんの醜聞の方に興味が移ってしまう。ちょっと移り気な性格なのだろうか。

卸し金

起請文を読むうち、それを書いたのが喜瀬川という遊女であることを知り、自分が懇意にしていた喜瀬川と同一人物であることを確認した清さんは、台所へ向かう。「包丁でも持って人を殺めるといけねぇ」と心配した棟梁が、亥のさんに様子を見に行かせると、予想に反して清さんは卸し金を手にしているという。

亥のさんは「大丈夫、大丈夫」と報告しているが、実は楽観視できる状況ではないことが、すぐに明らかになる。

「あの女の顔をこれでもって卸してやる」と息巻く清さんの怒りは激しく、放っておけば凄惨な事件を引き起こすだろう。

清さんの心理

ここで気になるのは、殺人ではなく顔を傷つけようとする清さんの心理だ。

2つの可能性を考えてみた。

まず、考えたのは、強い復讐心によるという可能性だ。殺して終わらせるより、苦しみを持続させようとする意図があった可能性が考えられる。

もう1つは、独占欲の表れという可能性だ。遊女としての商品価値を損ねてしまえば、自分のものにできるかも知れない・・・と考えた可能性が考えられる。この場合、惚れた理由は顔ではないという主張とも受け取れ、強い恋慕の念の裏返しであるとも言えるだろう。*3

清さんの告白

棟梁の説得で落ち着きを取り戻した清さんは、自分の怒りの深さを理解してもらうために、喜瀬川との出逢いから語り始める。

それによると、初回の接遇では喜瀬川を信用せず、2度目でも態度が変わらないことを確認した上で、「三日にあげず」通ったという。*4

妹が・・・

喜瀬川から借金の相談をされた清さんは、妹のところへ行き、「母親の具合が悪い」と嘘をついて金を作ろうとする。素直に協力した妹の衣類を質屋に入れ、さらに給金の前借りまでさせて金を工面し、喜瀬川へ渡したという。

「自分が騙されたのは愚かだったのだから仕方がないが、妹が不憫でならない」と言う清さんに対して、客観的には「いや、妹を騙したのは喜瀬川じゃなくて、あんたでしょ・・・」と言いたくなるのだが、清さんの立場になってみれば、「所帯を持つ約束をしている」相手のためであったのだから、「身内のため」という点では同じであり、方便として仕方がなかったということなのだろう。

起請文

清さんが金を渡すと、喜瀬川は大いに喜び、起請文を書いたという。

ということは、清さんは起請文をもらったから喜瀬川を信じたわけではなく、その前から喜瀬川を信じ切って、金を工面したことになる。

純粋に喜瀬川を信じ、妹に嘘をついてまで貢いだ挙げ句に手に入れた、たった1枚しか存在しないはずの起請文が他にも存在していたことを知り、清さんは我を忘れるほど動揺したのであろう。*5

棟梁の馴染みの店で

もう喜瀬川はいいや

喜瀬川を呼び出すために訪れた棟梁の馴染みの店で女将を見た清さんは「いい女だねぇ」と呟く。棟梁から独り身であることを聞くや、「あぁ、俺もう喜瀬川はいいや」と、惚れっぽい質が露わになるのだが、この言葉は、この段階まで喜瀬川に対する執着を捨てていなかったことの証であるとも言えるだろう。

張り倒してやる

屏風の後ろに身を潜め、喜瀬川を待つ清さんが、気持ちを抑えきれずに発するのが「あの野郎、張り倒してやるんだ」という言葉だ。「卸し金」の時とは様子が変化している。

魅力的な女将に出会ったことで、それまでの「愛憎相半ば」といったような状態から、「愛」が抜け落ちて「憎」 が強くなったと言えないだろうか。

経師屋の清さん

喜瀬川に詰め寄る棟梁の台詞から、清さんの職業が「経師屋」であることが明らかになる。

真面目な経師屋には失礼な話なのだが、「経師屋」は「女を手に入れようとつけねらう者」を表す隠語としても使われる。*6

喜瀬川は「書いてくれなきゃ俺は死ぬ」と頼まれて書いたと言い訳をするが、それもあながち嘘とは言えないかも知れない。

日陰の桃の木

清さんは身長が高いようだ。棟梁が身を隠すように指示をする際に「背が高い」と言っていることからそれが分かるが、喜瀬川の「日陰の桃の木」という言葉からは、痩せ型であることも推測できる。

「水瓶のおまんま粒」と言われた亥のさんと対照的な体型だと言えるだろう。

清さんについてのまとめ

清さんはどんな人物か、まとめてみよう。

  • 職業は経師屋。
  • 痩せ型で身長が高い。
  • 遊び慣れているつもりだが、惚れっぽい性格のために女に騙されやすく、惚れた女のためなら妹に嘘をついてまで金を工面する。
  • 感情的になりやすく、時に攻撃的な行動を取ろうとするが、執着心はそれほど強くないため、より魅力的なものを提示することで、ある程度危険を回避することが可能。

といったところだろうか。

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*1:三枚起請 - Wikipedia

*2:

三枚起請

三枚起請

 

*3:いずれにしろ、現代であればストーカーと言われるような気質であると言える。その清さんの暴走を未然に防いだ棟梁はさすがだ。まず、清さん1人が騙されたのではなく、自分達も同様に騙されていたのだということを確認し、連帯感を意識させる。そして、騙されるのを覚悟で遊んでいたのだから、騙されたことを恨んで遊女を傷つければ「野暮」であると嗤われるのは自分達だと、自分の行動を客観視するように諭す。この棟梁の説得の上手さと、清さんが「野暮」を嫌う人物であったことが、事件を未然に防いだと言えるだろう。

*4:初回で簡単に信用しないということは遊び慣れているということなのか、2度目の態度で信じてしまうのはまだ早いということなのか、小三治さんに聞いてみたいところだ。

*5:「起請文をもらって騙される奴がいる」と亥のさんを嗤っていた清さんが、起請文をもらう前から騙されていたというのは皮肉な話だ。

*6:経師の仕事である「貼る」と女を「張る」とをかけているらしい。

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