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『抜け雀』を投資の観点から考える

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なんとなく『抜け雀』を聴いているうちに、お金のことが気になってしまった。

毎週、「突撃!カネオくん」を見ているから「お金に興味津々」になってしまったのだろうか。*1

それはさておき、『抜け雀』の宿屋の主人が絵を保有し続けたことは、結果的に正解だったのは明らかだが、絵師が戻る前に売却するという選択肢はあり得るだろうか。

その場合、どのような展開が考えられるだろうか。

※ 『抜け雀』のあらすじを確認したい方は ここをクリック してください。

【この記事の目次】

『抜け雀』を投資の観点から考える

『抜け雀』の前半を簡単に説明すると、毎日大酒を呑んでごろごろしているだけの客を訝しんだ旅籠の女将が夫を促し、それまでの酒代として内金を取りに行かせる。すると、その客は無一文で旅をする絵師であることが判明し、宿代の形だと言って、衝立に雀の絵を描いて去ってしまう・・・という状況だ。

その請求額は落語家によって違いがあるようだが、ここでは柳家さん喬の口演に準拠して、5両としておく。*2

実はその絵が描かれた衝立も、宿代の代わりとして無一文の経師屋が置いていったものなのだが、絵師のように大酒を呑んだというような描写が無く、夫婦2人だけで営んでいるような小さな旅籠のようなので、宿代はそれほど高いとは考えにくい。5両と比べると充分に小さな額と言ってもよいと思う。

つまり、宿屋の主人は約5両で雀が描かれた衝立を手に入れたと言ってよいだろう。

資産価値の推移

5両の債権として手に入れた形の衝立だが、当初、宿屋の主人は無価値であるとみなし、売却を考えることさえしなかった。つまり、5両の損失を出してしまったと言える。

価値の発生

しかし、翌朝、その衝立に不思議な現象が起き、それが世間の評判となる。

そうなれば、衝立に価値が発生するわけだが、この後に登場する城主より前に購入希望者がいたかどうかの描写が無いため、残念ながらこの時点での価値は不明だ。

買い手が付く前の価値は、5両程度としておくしかないだろう。

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急騰

その不思議な衝立の評判が城内にも届き、城主から 1,000両 で譲り受けたいとの提案を受けるのだが、絵師が「自分が戻るまで売却は一切相成らん」と言い残していったため、宿屋の主人はその約束を守り、債権の移譲を断る。

しかしながら、これにより、衝立の価値が 5両+α から 1,000両 まで急騰したことは確かだ。

現代では、株価が 10倍 になった銘柄をテンバガーと呼ぶらしいが、この衝立はそんなものではなく、一気に 200倍 にまで膨れあがったことになる。

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抜かりの発見

1,000両 の価値が付いたことで、衝立の名声はさらに高まり、1日あたり 約500人 もの宿泊希望者が殺到する。

しかし、ある日、訪れた老絵師の指摘によれば、衝立の絵には抜かりがあり、放っておくと資産価値を失ってしまうと言う。

その老絵師の申し出に従うと、衝立の絵に大胆な修正が加えられてしまったため、宿屋の主人は狼狽する。

すぐ後で、この加筆の価値が明らかになるのだが、この時点では未知数であり、ほんの一時のことではあるが、衝立の価値が損なわれたと考えなければならない。

危機を脱して高騰

しかし、老絵師の加筆は、不完全だった衝立の絵を完全なものとし、その名声はさらに高まることになる。

そして、城主が2度目に見た時には、2,000両 という値が付き、さらに旅人を集めることになっていくのだ。

グラフにすると

資産価値の推移を簡単にグラフにしてみたのだが、投資額と高騰後の評価額の差が大きすぎて、まともなグラフにならなかった。

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キャピタルゲインインカムゲイン

衝立の価値が高騰したことにより、売却すれば多額の利益が出ることになる。

宿屋の主人は絵師との約束を律儀に守り、衝立を保有し続けることを選択したが、それにより宿泊客が殺到し、安定した収入が得られたものと考えられる。

これは、キャピタルゲインインカムゲインに置き換えることができるだろう。*3

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キャピタルゲイン」は狙う場合

「株式の売買によって得られる利益」を「キャピタルゲイン」という。

これに喩えると、衝立への投資額は 約5両 なので、最初に 1,000両 の値が付いた時に売却すれば、キャピタルゲインは 約995両 となる。

売却という選択肢も考えた場合、この時点で売却するか、さらに価値が上昇すると考えて保有を続けるのかは悩ましい問題だ。

結果的に 2,000両 にまで価値が上がるのだが、未来のことは誰にも分からないので、キャピタルゲイン狙いならば、1,000両 で売却してしまう可能性が高いだろう。

そうなると、その後に発生するはずのイベントが発生しなくなってしまう可能性が高く、老絵師の加筆が行われずに、衝立の資産価値は下落してしまうことになる。

ちなみに、最もよく使われる 1両 = 13万円 で換算すると、

1,000両 × 13万円 = 1億3,000万円

2,000円 × 13万円 = 2億6,000万円

となる。

宝くじに当たったようなものだ。

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インカムゲイン」を狙う場合

「株式を保有することで得られる、配当や優待による利益」を「インカムゲイン」という。

衝立を保有していれば、それを目当てにした宿泊客が安定して訪れるので、その収入はインカムゲインに喩えられるだろう。

こちらを狙う場合も、やはり悩ましいのは 1,000両 の値が付いた時だ。

衝立が価値を維持すれば安定的にインカムゲインを得られるが、実はその価値が損なわれる可能性があった。

老絵師の加筆により危機を免れたが、それが無ければ、不思議な現象が起きなくなるところだった。そうなれば、価値は急落し、客足も途絶えてしまったことだろう。 

2,000両 ならどうすべきか

さて、結果的には衝立の価値は 2,000両 にまでなり、絵師が戻ってきたことで、売却も可能になるのだが、この場合、売却と保有のどちらが得策と言えるだろうか。

宿泊客数

柳家さん喬の口演では、毎日 500人 の宿泊希望者が行列を作ったとされている。

しかし、夫婦2人でやっている小さな旅籠のようなので、実際に泊められる人数は限られるだろう。

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『ねずみ』の場合

よく似た状況が発生する『ねずみ』の描写を参考にしてみる。*4

それによれば、「上に 2間 しかないところに 95人 、廊下に 15人 、憚りに4人」とあり、合計 114人 となる。計算を簡単にするために、100人 としよう。

売り上げ額

Wikipedia によれば、宿泊代の相場は 200文 〜 300文 らしい。*5

安全側に立って 200文 で計算すると、1日あたりの売り上げは、

200文 × 100人 = 20,000文

となる。

公定相場で計算すると、1両 = 4,000文 なので、

20,000文 ÷ 4,000文 = 5両

の売り上げだ。*6

仮に1年間、休まずに営業し続けたとすると、

5両 × 365日 = 1,825両 となる。

必要経費を考慮に入れていないので利益を算出することはできないが、2年経たないうちに 2,000両 を売り上げることが可能だ。

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不思議現象の持続期間

老絵師の加筆により、衝立の価値が損なわれる可能性が低くなり、長期間にわたって不思議現象が起こることが期待される。

Wikipedia によれば、飼育下のスズメが最長 15年 生きたという記録があり、それで計算すると、

1,825両 × 15年 = 27,375両

35億円以上の莫大な額になることが見込まれる。

インカムゲインを阻む問題

類焼

絵師が宿屋を去る時に「類焼の類であれば致し方ない」と言っているように、衝立は火に弱い。

火事によって資産価値が失われる危険性が常にあるということだ。

『鼠穴』のように、リスクのほうを重要視すれば、不確かなインカムゲインを狙うより、1,000両 、あるいは 2,000両 で売却するという選択肢もあり得るだろう。

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圧力

最大の問題は、城主が強権を発動した場合、それを拒むことができるかどうかだ。

「絵師が戻ってきた折りには、必ず沙汰をするように」と申し付けられているため、知らせないわけにはいかないだろう。

信義を重んずる武士であるから、絵師との約束を守ろうとする宿屋の主人の説明に一度は引き下がったと考えられるが、その約束が果たされたとなれば、城主からの圧力は恐らく高まるだろう。

一介の宿屋の主人が断ることは難しく、圧力に屈することになるのではないだろうか。

あとがき

気が付いたら、3千文字を軽く超える記事になっていた。

こんな長いの、最後まで読んでくださる方はいるんだろうか。

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*1:NHKの『有吉のお金発見 突撃!カネオくん - NHK』という番組、冒頭、「お金に興味津々の」と言いながらゲストを紹介するのが恒例だ。別にそんなに楽しみにしている番組というわけでもないんだけど、土曜の朝、だらだら過ごしていると、この番組の再放送が始まってしまい、そのまま見続けてしまうことが結構ある。さらに、夜『ブラタモリ - NHK』を見ていると、その後に本放送が始まってしまうので、そのまま何となく見てしまうことが多い。すると、1日に2回も「カネオくん」を見ることになってしまう。あれ? これって好きってこと?

*2:柳家さん喬 名演集4「五人廻し/抜け雀」【ポニーキャニオン落語倶楽部】

*3:キャピタルゲインとインカムゲイン、どちらを狙うかで投資方法が変わる | キャリア | 最新記事 | ニューズウィーク日本版 オフィシャルサイト

*4:「柳家一門 名演集」その2に収録の『ねずみ』より。

*5:旅籠 - Wikipedia

*6:日本銀行金融研究所貨幣博物館 - お金の歴史に関するFAQ(回答)

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