『花見の仇討』は、花見客を驚かそうと企画した茶番がグダグダになってしまう様子を楽しむ噺なのだが、企画立案した主人公の立場になってみると、可哀想な話でもある。
そこで、彼らの翌年の趣向が成功するように、あえて失敗の原因を探ってみようと思う。
なお、今回の考察は柳亭市馬の「日本の話芸」での口演に準拠していることを申し添えておく。*1
【この記事の目次】
『花見の仇討』の失敗から学ぶ
『花見の仇討』の茶番とは、仇役である「浪人」とその仇を追う討手役の「巡礼兄弟」で仇討ちの場面を演じ、「六十六部」が仲裁に入って、三味線、太鼓で総踊りをしようという計画であった。*2
彼らの企てがなぜ失敗したのか、「失敗学」を参考に考察してみよう。*3
失敗学
Wikipedia によると、「失敗学」とは以下のようなものである。
失敗に学び、同じ愚を繰り返さないようにするためには、どうすればよいか、を考える。さらに、こうして得られた知識を社会に広め、他でも似たような失敗を起こさないように考える。
つまり、この記事の最大の目的は、彼らの失敗を糾弾することにあるのではなく、彼らのようにフラッシュモブを計画している人々の役に立てるために、失敗の原因を究明することにある。
失敗の種類
失敗は大きく分けて以下の3種類に分けられる。
- 織り込み済みの失敗。ある程度の損害やデメリットは承知の上での失敗。
- 結果としての失敗。果敢なトライアルの結果としての失敗。
- 回避可能であった失敗。ヒューマンエラーでの失敗。
このうち、1と2は「失敗は成功の元」となり得るものであり、仕方がないと言える。
問題は3の失敗で、放置すると悪循環に陥りかねない。逆にきちんと分析できれば、次に活かすことが出来る失敗となる。
では、彼らの失敗はどれに分類されるのか、考えてみよう。
六十六部
失敗の原因として真っ先に思い浮かぶのが六十六部だ。(「六十六部」は「六部」と省略されることが多いので、以下「六部」とする。)
厄介なおじさん
六部は現場へ向かう途中、「耳が遠くて腕力が強い」という厄介なおじさんに捕まってしまう。
事情を説明しようにも話が通じず、家に引っ張り込まれて酒を呑むことになってしまい、その内に茶番のことなどどうでもよくなってしまい。そして、自分の役割を放棄してしまうのだ。
対処法
この失敗は事前に予見することが難しかったと思われる。分類としては、2の「結果としての失敗」になるだろうか。
だが、今回のことでリスクが明らかになったので、次回以降は対処する必要が出てくるだろう。
取りあえず、おじさんとの遭遇率を下げることで、リスクを大幅に減少できると考えられる。次回は現場へ向かうルートを変えるといいだろう。
しかし、それでも不安は残る。おじさんの行動をコントロールできなければ、「思わぬところでばったり」ということになりかねない。
完璧を期すには、おじさんに予め話を通しておくか、それが難しいなら、おじさんの妻に協力を仰ぐのが良いと思われる。
巡礼兄弟
巡礼兄弟も現場へ向かう道中で粗相をしてしまう。
茶番の稽古をしながら歩いていると、杖が侍の頭に当たってしまい、無礼討ちされそうになってしまうのだ。
その侍の連れが彼らを仇討ちだと思い込んだことで事なきを得るのだが、実は失敗が回避されたわけではない。
六部のせいで終わりの見えなくなった茶番に遭遇した件の侍が、助太刀をしようと刀を抜いてしまうのだ。
結局、恐くなった浪人と巡礼兄弟が逃げ出してしまい、茶番は失敗に終わる。
六部が来ていたら・・・
仮に六部が予定通りに茶番に参加していれば、この事態は回避できただろうか。
もしも、侍が現れる前に六部が止めに入っていたらどうなるか。
侍が刀を抜く前に茶番が終了して総踊りになっているはずだ。しかし、そこに侍が通りがかって巡礼兄弟を発見したら、「なるほど趣向であったか」と笑う可能性があると同時に、「おのれ、趣向ごときのために武士をたばかりおって」と刀を抜いてしまう可能性も否定できない。*4
もしも、六部が止めに入るのが侍の登場後になってしまうと、助太刀をしようとした侍の顔に泥を塗ることになり、やはり侍が刀を抜く可能性があるだろう。
そして、六部が止めに入る前に侍が助太刀に入ってしまうと、六部が登場するのは極めて難しくなる。
酒に負けて簡単に役割を放棄してしまうような人物が、命がけで止めに入ってくれるかどうか・・・。
しかし、それ以前に、浪人と巡礼兄弟が逃げ出してしまう可能性も高い。
つまり、巡礼兄弟の粗相は、六部が予定通りに来ていたとしても、茶番が失敗に終わる可能性が高くなる決定的な失敗だったと言えるだろう。
対処法
巡礼兄弟は、立ち回りの稽古をするのに、「人混みの中で」「歩きながら」という2つの愚を犯している。しかも、2人のうちの1人が危険性があることを指摘したにも関わらずだ。
六部のいい加減さが印象的なために影に隠れがちだが、この失敗がもたらす結果と合わせて考えると、巡礼兄弟の過失が最も重大で・・・と、糾弾するのが目的ではないので、この辺で止めておこう。
とにかく、この失敗は3の「回避可能であった失敗」に分類されるだろう。
立ち回りの稽古をする際に周囲を確認することで簡単に回避できた失敗だ。
浪人
浪人は何か失敗をしているだろうか。
約束の刻限よりもかなり早く現場に着いたために、煙草の吸いすぎで気分が悪くなっているが、遅刻という失敗を防ぐための行動の結果であるし、茶番には影響が出ていないようなので、失敗とは言えないだろう。
建具屋の熊
しかし、企画立案者である「建具屋の熊」としては、計画に詰めの甘さがあったと言わざるを得ない。
失敗の分類では、3の「回避可能であった失敗」にあたるのではないだろうか。
対処法
以前の失敗を教訓に、リハーサルを行ったことは評価できる。
しかし、現地で独り待機して、後から来た仲間が合流すると同時に茶番を始めるという計画は、無理があったのではないだろうか。
リハーサルの様子などからすると、他のメンバーの信頼度はそれほど高いとは言えない。
少し離れたところに一旦集合して、最終確認をすることにしておけば、六部が来ていないことが明らかになり、その状態で茶番を始めてしまうことを避けられたと考えられる。
その場合でも、巡礼兄弟が自分達の粗相を正直に申告するかどうかは分からないが、そこまで熊さんに責任を負わせるのは酷だろう。
終わりに
さて、上記のことに気を付ければリスクを最小化でき、次回は成功の可能性が高まるだろう。
彼らのことだから、また何かやらかしてくれるかも知れないが、そこは「ある程度の損害やデメリットは承知の上で」果敢に挑戦して欲しい。
そして、フラッシュモブをやろうとしている現代の人達にもこの記事を読んでいただき、彼らの失敗を教訓にして、無事に計画を成功させていただきたいと願っている。