『百川』で以前から気になっていたことがあります。
百兵衛さんが鴨池先生から用意するようにと言付かる「焼酎を一升、白布を五、六反、鶏卵を二十ばかり」というもの。*1
焼酎と白布の使い途は分かるのですが、卵ってどう使うのかな?
というわけで、ちょっと調べてみました。
【この記事の目次】
『百川』の焼酎と卵は何のため?
本題の卵について書く前に、焼酎についても調べたので、まとめておきます。
焼酎の使い途
鴨池先生が焼酎を用意するように言ったのは、もちろん常磐津の師匠に呑ませるためではありません。本来の使途は大体想像がつきますが、念のため検証してみましょう。
当たり前の酒じゃ効かねぇ
百兵衛から伝言を聞いて、師匠が飲むものと思い込んだ河岸の若い者が「あの師匠が飲むってんだよ。当たり前の酒じゃ効かねぇ、焼酎をぐっとあおるってんだ」と言っていることからも、焼酎が強いお酒であることが分かります。
江戸時代の酒
ちなみに、江戸時代の日本酒は今と比べてアルコール度数が低い上に、安い酒はさらに水で薄めていたようなので、「当たり前の酒」と比べると焼酎はかなり強い酒だったと言えるでしょう。*2
消毒薬として
さて、その強い酒である焼酎を何に使うのかというと、恐らく消毒のためでしょう。
江戸時代ごろまで、焼酎は飲用だけでなく消毒薬としても用いられていました。アルコール度数が高く、日本酒よりも安価に手に入ることから、刀傷の殺菌用などに活用されていたのです。
粕取り焼酎
ところで、日本酒と同様、焼酎も当時のものと現在のものでは違いがあるそうです。
そんな中で、当時のものに近そうなものを探してみました。
江戸時代の本草書『本朝食鑑』に、「焼酒は新酒の粕を蒸籠で蒸留して取る」とあるように、清酒が醸造される地域で焼酎といえば粕取り焼酎のことであった。(焼酎 - Wikipedia)
とあるように、粕取り焼酎が一般的だったようです。
なかでも、「昔ながらの製法を守る」のが「正調粕取焼酎」らしく *3 、その中でアルコール度数が高いものを選んでみました。
もう1つ。Wikipedia に「みりんの主原料としても使われた」とあることから、「みりん原料としての焼酎製造の経験と技術を今によみがえらせた一品」と紹介されている「加寿登利焼酎 黒麹仕込み」も当時のものに近い可能性があります。*4
ちなみに、楽天でも買えるようです。
ここで、実際に呑んでみて感想を書けるといいのですが、うちは夫婦そろって下戸で、「甘味は乙だと言いながら金団をぺろぺろなめている」タイプなため、無責任な紹介だけです。
詳しい検証は「当たり前の酒じゃ効かない」という酒豪の方にお任せします。
焼酎ではなく消毒薬を
そうそう、今の焼酎は酒税法の影響もあって、アルコール度数が抑えられているため、消毒には適さないようです。
消毒には市販の消毒薬を使った方がいいでしょう。
鶏卵、これは卵だそうでごぜぇやす
さて、卵です。
鴨池先生が卵を用意するように指示をしたのは、もちろん、常磐津の師匠に飲ませるためではありません。
「怪我人が出た」という誤った情報に基づいて出された指示ですから、怪我の治療に用いるためだったのでしょう。
古くは戦国時代から
そこで、「鶏卵 創傷 治療」で検索してみると、Wikipedia に載っていました。
卵殻膜は、日本では古くから野戦(戦国時代頃から)での負傷や相撲で傷に貼り早期に治療するために用いられたとされ、これを基に医療品として活用するための研究が進められている。(鶏卵 - Wikipedia)
卵殻膜
卵の薄皮には「卵殻膜」という正式名称があったのですね。
そこで「卵殻膜 江戸時代」で検索してみたら、「日本卵殻膜推進協会」というNPO法人のサイトがヒットしました。(こんなNPO法人があるんですね。)
それによると、以下のようにあり、江戸時代には広く知られていたことが窺えます。
本草綱目が江戸幕府開府まもない1609年には日本に伝わっていることからも、卵殻膜が創傷治癒に用いられることが広まっていったようです。
今なら卵より
相撲部屋などでは今でも卵が治療に使われているという情報もありますが、今はもっと便利なものがあります。
普通の絆創膏よりお高いですが、治りが早いし傷跡も綺麗になりますよ。
まとめ
江戸時代、怪我の治療には、
- 焼酎で消毒し、
- 卵の薄皮を貼っていた。