『猫の皿』という噺に登場する猫のその後について考えてみた。
落語ファンはあまりネタバレを気にしない人が多いと思うが、念のため注意喚起しておこう。
以下、ネタバレしているのでご注意を。
【この記事の目次】
『猫の皿』に登場する猫の行く末を考えてみた
『猫の皿』では、一儲けを企む古道具屋が、猫を飼う気も無いのに猫を買ってしまうハメに陥る。しかも三両という高価格で。*1
茶店の主人の話によると、同様の目にあった道具屋は他にも複数存在するらしい。
買い取られていった猫たちがその後どうなるのかを考えてみた。
江戸時代の「猫ブーム」
結論から言うと、例えば虐待されるというような酷いことにはなっていないだろうと推測する。
最大の理由は、江戸時代は猫の人気が非常に高かったことだ。
日本にやってきた猫は、江戸時代になると庶民の間でも愛されるようになり、浮世絵や絵本、おもちゃ絵にさかんに取り上げられるなど一大ブームとなりました。
茶店を出てすぐに放されれば、また茶店に戻って餌をもらうようになるだろうし、途中で放されれば、どこかの農家に拾われて、鼠の駆除に勤しむことになるかもしれない。
そして、江戸まで連れて帰るほど猫好きの道具屋であれば、その後も世話を続けるだろうし、江戸時代は放し飼いが一般的であったはずなので、世話を怠ったとしても、猫好きの誰かが補うということも充分に考えられる。
だから虐待にあうというようなことは考えにくく、問題が生じるとすれば、放し飼いによって引き起こされる事故などであろう。
猫放し飼い令
江戸時代初期、京都では「猫放し飼い令」が発布され、屋外での放し飼いが推奨されたという。
それにより、迷子、犬に噛まれる、大八車にひかれるなどして命を落とす猫が多かったらしい。
また、いわゆる「生類憐れみの令」で「将軍の御成の際に、犬や猫をつなぐ必要はないという法令」も出されていることから、江戸においても放し飼いにされていたと考えて差し支えないだろう。*2
ということは、江戸においても同様のリスクが存在したはずだ。実際に、猫が大八車にひかれ、人間が処罰された事例があったらしい。*3
ただし、それは当時の猫にとっては一般的なリスクである。
屋内で飼育することが推奨されている現代の視点で見ると、可哀想に思えるかもしれないが、他の猫と比較して特別に不幸だとは言えないだろう。
行動心理
まったく別の視点、行動心理の面から考察してみよう。
心から欲しがっているわけでもない猫に三両もの大金を払ってしまったという失態は道具屋に深い後悔の念をもたらすはずであり、それが虐待へつながるのではないかと危惧される要因になり得るだろうが、大金を払ったという事実は、逆に猫にプラスに働くのではないかと考えられる。
保有効果
保有効果とは、自分が所有するものに高い価値を感じ、手放したくないと感じる心理現象のことをいう。(保有効果とは - コトバンク)
もう着なくなった服なのに、愛着があってなかなか捨てられない・・・という時の心理だ。
この「保有効果」を引き起こすものに「所有感」というものがある。「自分の物であるという感覚」だ。
その「所有感」はただ触れるだけでも生じるものらしい。*4
買うつもりはなかったのに、試着した服を買ってしまった・・・という時の心理だ。
まして、猫である。
江戸への道中、その温もりに触れていれば、その分だけ「所有感」は高まり、「保有効果」が生じるだろう。
認知的不協和
「欲しくもない猫に三両も使ってしまった」という事実は、道具屋に「認知的不協和」をもたらすはずだ。
自分の考えが正しさにそぐわないのではないかという矛盾を抱えて、不安に思ったり、不快感を持っている状態を、「不協和」といいます。
その「不協和」を解消するためには、失敗を失敗として受け入れるか、「三両を払うだけの価値があった」と認識の仕方を変えてしまうという2つの方法が考えられる。
「良い勉強になった」と失敗を受け入れるだけの度量があるのならば、猫に八つ当たりをする可能性は低いと考えられるし、「三両の価値があった」と思うようならば、それだけ猫を大事にする可能性が高まるだろう。
高額だった商品の使い勝手が悪かったときに、マイナス面から目を背けてプラスの情報だけをかき集めるような心理だ。
猫の可愛い部分を見つけ出してそれを高く評価したり、あるいは不細工だったとしても「逆にそこがいい」とか「希少価値がある」と考えて、その価値を高く見積もる可能性が高いのではないだろうか。
つまり「この猫には三両の価値がある。買ったのは間違いではなかった。」と。
都市部のメリット
さて、これまで推測した通りに、買い取られた猫が江戸で生活することになったとする。
先に都市部でのリスクを挙げたが、都市部での生活はデメリットばかりではない。
江戸には「猫医者」というものが存在したという。
大事な飼い猫の調子が悪いときは、猫医者に連れて行き、“猫ぐすり”なるものを処方してもらっていたようです。
まとめ
三両で買われた猫は、たぶん酷い目にはあわない。