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家主は儲からない?(『水屋の富』を聴いて)

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『水屋の富』を聴いていて、ちょっと疑問に思っていたことがありました。*1

 

富くじで得た八百両を失うことを恐れ、疑心暗鬼に陥る水屋の清兵衛さん。

そこへ長屋の住人が訪ねてきて、ある頼み事をします。

聞けば、家主が多額の借金を背負い、長屋が抵当に入っているため、住人たちは立ち退きを迫られているとか。

「清兵衛さんが借金の肩代わりをしてくれれば、皆が立ち退かなくて済む」と口々に懇願しますが、清兵衛さんは首を縦に振りません。

 

なんでだろう。家主になれば、家賃収入で安定した生活が送れそうなものだけど・・・

 

その答えになりそうなことが、『落語ことば・事柄辞典 *2 』の「店立て」の項に書いてありました。

往時は、地主・家持階級が家作の賃貸に営利はほとんど求めず、上層市民のステイタスぐらいに思っていた点では、借り手市場とさえいえる状況であり、店賃の督促もさほど苛酷ではなかった。

現代の不動産賃貸と違い、江戸時代は、あまり収入を当てにしてはいなかったようですね。

恐らく、「家持になる→賃貸収入→富裕層になる」という図式ではなく、「富裕層になる→家持になる→ステイタス」ということなのでしょう。

 

ということは、仮に清兵衛さんが借金の肩代わりをしたとすると、「商売の元手は残らず、ステイタスとしての長屋だけが残って、収入はあまり当てに出来ない」ということになりそうです。

これでは清兵衛さんが長屋の住人たちの願いを簡単には聞き入れられないのも仕方ないでしょう。

 

ところで、実はこの長屋の立ち退き問題は、八百両を失うことを恐れる清兵衛さんが見た悪夢の1つだったんですよね。

悪夢は強盗に入られて脅されるものから始まり、やがて、その強盗が石川五右衛門とか弁慶とかにエスカレートしていって、最後に見たのがこの立ち退き問題の悪夢でした。

 

家族同然の長屋の住人たちからの願いを無下に断るなんて、なんと非情な・・・と思ってしまいそうですが、清兵衛さんは強盗よりも恐ろしいものとして、この悪夢を見たようです。

つまり、現実の清兵衛さんは、もしも長屋の住人から懇願されれば、八百両を隠し通すことはきっと出来ないことでしょう。

 

清兵衛さんは、強盗に刺されることよりも、長屋の住人を見捨てることを恐れる、人情にとても弱い善良な人物であると言えそうです。

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*1:

水屋の富

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*2:

落語ことば・事柄辞典 (角川ソフィア文庫)

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