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『夢の酒』においてご新造さんの容姿を詳細に描写する必要性について

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いわゆる「いい女」の容姿をどのように描写すべきか。あるいは、そもそも描写しない方が良いのか。それは、表現者の目的によって異なるだろう。

『夢の酒』においてご新造さんの容姿を詳細に描写する必要性について

受け手にとっての「いい女」をイメージさせることが目的であれば、あえて詳細に描写しない方が良いだろう。何かしらの描写を重ねるに連れ、受け手のそれぞれが持つ「いい女」のイメージと合致しない可能性が高まるからだ。

井戸の茶碗』では

例えば、柳家権太楼は『井戸の茶碗』において、浪人の娘の容姿を「実にいい女」と言うのみで、それ以外の描写をせず、聴き手の想像に委ねるという手法を取っている。*1

また、柳家さん喬も『井戸の茶碗』においては、「色が白くてぽちゃぽちゃっとして、それはそれは綺麗な・・・」という程度の描写にとどめ、細かくは描写していない。*2

『夢の酒』では

では、「夢の酒」のご新造さんについては、どうすべきか。例によって、柳家さん喬の口演に準拠して考えてみたい。*3

柳家さん喬は『夢の酒』のご新造さんについて「世の中にこんな綺麗な人がいるものかと思うくらい」と表現した後、年齢の情報に加え「背丈は高からず低からず、中肉中背、ぽっちゃりと、愛想の良い、目尻にちょいと憂いのある・・・」などと、事細かに描写する *4 。なぜだろうか。

誰が誰に話しているのか

重要なのは、誰が誰に向かって話しているかだ。

井戸の茶碗』では「落語家が客に向かって」語っている場面であるのに対し、『夢の酒』のこの場面は「若旦那が妻であるお花に向かって」話しているという違いがある。

お花の感情の変化

柳家さん喬は、お花の感情の変化を分かりやすく表現してくれるため、若旦那にご新造さんの美しさを細かく語らせる意図も分かりやすい。

若旦那が「世の中にこんな綺麗な人が・・・」と言った後、お花の声のトーンは明らかに変化している。しかし、若旦那はその変化に気付かず、夢うつつのような状態で、ご新造さんがいかに美しかったかを語り続けてしまうのだ。

頭に浮かぶイメージ

つまり、この場面で演者が聴き手の頭に浮かばせようとしているイメージは、ご新造さんの美しさではなく、それを惚けたように語る若旦那と、その語りを聴いているお花の感情の変化なのだ。

若旦那の好みとお花の悋気

だから、ご新造さんの容姿は若旦那の好みを反映したものであれば良く、聴き手のイメージする「いい女」と合致させる必要はない。また、事細かに語ることで、お花の悋気が燃え上がっていく過程が滑稽であるため、そのためにも若旦那が詳しく語る必要がある。

柳家さん喬の上手さ

柳家さん喬はその辺りの表現が抜群に上手く、「夢の中に引き戻されていくような若旦那」と「感情を昂ぶらせていくお花」とのギャップを巧みに演出している。

その2人の感情の動きを大ざっぱにグラフ化してみたところ、下の図のようになった。

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ポイントは2つ。「お花の幸福度」と「若旦那の幸福度」が交差していることと、「若旦那の幸福度」の上昇に連動するように「お花の怒り」が上昇していることだ。

このようにグラフ化してみたくなる程に、柳家さん喬の表現は上手い。

もしも、ピンと来る『夢の酒』をまだ聴いたことがないのなら、柳家さん喬のものを聴いてみていただきたい。

 

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*1:柳家権太楼13 青菜/井戸の茶碗 [ 柳家権太楼 ]』(楽天

*2:朝日名人会ライヴシリーズ91::柳家さん喬13 柳田格之進/井戸の茶碗/幾代餅/さん喬トーク1・2 [ 柳家さん喬 ]』(楽天

*3:柳家さん喬15 夢の酒/妾馬 [ 柳家さん喬 ]』(楽天

*4:柳家さん喬は『井戸の茶碗』においては「ぽちゃぽちゃっとして・・・」、「夢の酒」では「ぽっちゃりと・・・」と表現している。これが柳家さん喬自身の好みを反映しているのか、八代目桂文楽が用いている「ぽちゃ愛嬌」(『桂文楽(八代目) - 夢の酒 - YouTube』:外部リンク)のような言葉を受け継いだものであるのか、今後も調査を継続したい。

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