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柳家喬太郎の『井戸の茶碗』における(自分の欲望に正直な)清兵衛について(後)

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柳家喬太郎の『井戸の茶碗』では、一般的に演じられる人物像とは異なる描写で清兵衛が演じられる。*1

一般的な清兵衛は「正直清兵衛」とあだ名されるほどの正直者だが *2喬太郎の清兵衛は「自分の欲望に正直」として、馬鹿正直な人物としては描かれない。

仏像から出て来た五十両を浪人に返そうとする若侍に対し、清兵衛は「あたしがお武家様だったら、もらうなぁ・・・」と、そのまま懐に入れてしまうことを勧めるのだ。

それにより、一般的な落語に慣れた者にとっては「なぜ清兵衛は五十両を横領してしまわないのか」という疑問が生じてしまい、違和感を覚えるわけだが、これを解釈によって解決しようというのが今回の試みだ。

※ 『井戸の茶碗』のあらすじを確認したい方は ここをクリック してください。

【この記事の目次】

柳家喬太郎の『井戸の茶碗』における(自分の欲望に正直な)清兵衛について(後)

過去の記事 *3 では、喬太郎の清兵衛が生み出すメリットを考えてみた。

もしも、解釈によってストーリー上の矛盾を解消できれば、もっとメリットの方に目がいくようになる可能性がある。

喬太郎の落語をより楽しむために、いくつかの解釈を考えてみた。

そこまでの度胸がないのかも

清兵衛は「自分の欲望に正直」だと言っているが、言っているだけで、実行に移す度胸は無いのかも知れない。まずはその可能性を考えてみよう。

金額が大きすぎる

清兵衛にとって五十両は金額が大きすぎるとは考えられないだろうか。

我々がもし見たこともないような大金を預けられたら、どのような行動を取るだろう。中途半端な金額より、かえって横領しようとする気が失せてしまうかも知れない。(そんな札束を見たことがないから、想像でしかないけど。)

疑いを招く発言

清兵衛の発言は若侍の疑いを招くような発言だ。

ということは、もしも清兵衛が横領してしまって、虚偽の報告をしたら、若侍は疑いを持つ可能性が高い。

清兵衛が本当に横領するつもりなら、疑いを持たれそうな言動は控え、自分が信用に足る人物であると見せかけるはずだ。

欲望を隠さない正直さ

「欲望がある」ことと「その欲望を実行に移す」ことの間には開きがある。

我々は誰でも欲望を持っているはずだが、欲望のままに行動してはいけないことを知っており、抑制しながら生活している。

自分の欲望を正直に吐露する清兵衛は逆に信用できるのかも知れない。

「お武家様だったら」に注目する

改めて清兵衛の台詞を見直してみよう。

清兵衛は「あたしがお武家様だったら、もらうなぁ・・・」と言っている。

仮定の話

これを言葉通りに受け取れば、「もしも自分がお武家様であったなら、その金をもらう」という仮定の話だということになる。

つまり、論理的には「屑屋である自分はもらわない」となるだろう。

返還義務はあるのか

正当な商行為でもって取得した仏像から出て来た小判を元の持ち主に返還する義務はあるのだろうか。

江戸時代の法に詳しくないので何とも言えないが、中間 *4 も清兵衛も同様の判断をしたということは、少なくとも一般的な倫理観に反するような行為ではないと言えるだろう。

ならば、清兵衛の言葉は「自分が同様の立場だったなら、問題ない行為だと考えて金をもらうだろう」という意味に解釈できる。

ただ、この解釈の問題点は、清兵衛が悪い顔をしているように見えることだ。*5

そうすると、若侍が金をもらうことについて、倫理的にまずいことであると清兵衛が考えていることになる。

再び「お武家様だったら」

そこで、もう一度「お武家様だったら」に立ち返ってみる。

問題の表情は「お武家様だったら」と仮定する台詞を言った後だ。

ということは、「悪いことだと思いつつも金を懐に入れる」のが「お武家様らしい」行動だと清兵衛が考えているという解釈は成立しないだろうか。

そうすると、あの悪い表情は支配階級への皮肉であるとも受け取れ、ある意味、落語的な表現のひとつであるとも言えるのではないか。

・・・なんて、考えすぎですかね。

追記

最初に『超入門!落語 THE MOVIE』で観た時は違和感が強くてあまり楽しめなかったんだけど、色々考えているうちに、これはこれでアリかなって思えてきた。

ただ、正統派の『井戸の茶碗』とは別物のエンタテイメントとして楽しむようなものだと思う。

「超入門」と謳った番組で正統派を扱わなくて良いのか、想定される若い視聴者に向けて、若者ウケしそうな方が良いのか・・・というのは、また別のお話。

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*1:

www.youtube.com

*2:ただし、これは落語の場合であり、この噺の元になった講談『細川茶碗屋敷の由来』では、屑屋は「無欲の善人」というわけではないようだ。koudanfan.web.fc2.com

*3:tadashiro.hatenablog.com

*4:中間:武士に仕えた雑用係のこと。この場合「ちゅうげん」と読む。(中間(ちゅうげん)とは - コトバンク

*5:清兵衛の表情をどう解釈するかという問題が新たに生じるが、若侍が「(中間を指して)お前はこいつと同じ顔をするな」と否定的な発言をしていることから、「悪い顔」と判断して良さそうだ。

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