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なんで江戸の借金取りが関西弁なの?(柳家さん喬の『掛取万歳』を聴いて)

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年末ということで、柳家さん喬の『掛取万歳 *1 』を聴いていたら、妻が「なんで江戸の借金取りが関西弁なの?」という素朴な疑問を抱いたので、それに答えるべく、夫が少し調べてみた。

年が明けるまであと数時間。今年中に書き上げられるか。(『掛取万歳』は年が明ける前に借金を取り立てられるか、誤魔化せるかっていう攻防だからね。)

※ 『掛取万歳』のあらすじを確認したい方は ここをクリック してください。

【この記事の目次】

なんで江戸の借金取りが関西弁なの?(柳家さん喬の『掛取万歳』を聴いて)

『掛取万歳』は演者によって、掛け取りの順序や組み合わせが様々なのだけど、柳家さん喬は「狂歌浄瑠璃義太夫)→芝居→喧嘩→三河萬歳」としている。

柳家さん喬17 *2 』の「解題」によれば、三遊亭円弥から「六代目円生の型をきっちり伝授された」らしい。*3

浄瑠璃義太夫)好き

関西弁を使うのは浄瑠璃義太夫)好きの浪速屋(あるいは難波屋か浪花屋かも)。

関西弁を使うのはズバリ「浪速屋」だから・・・というわけでは恐らくなくて、「浄瑠璃義太夫)好きだから」というのが理由の1つだと思う。

浄瑠璃義太夫)の本場は大坂だからね。*4

・・・って、それは妻も知っていたのだけど、でも、だからって関西弁を話す必要はないよね。

うん、確かにその必要はないんだけど、「江戸店(えどだな)」っていうのがあって、関西弁を使う商人が江戸にいても不思議はないらしいんだ。

江戸店(えどだな)

「江戸店(えどだな)」っていうのは、「上方商人による江戸支店の総称 *5 」。

江戸時代は上方の方が生産力が高くて、江戸が大消費地だったから、京都・伊勢・近江を本拠とする上方商人が江戸に支店を出すケースが結構あったらしい。*6 (ちなみに、三井の越後屋伊勢商人。)

この噺の時代設定は明治っぽいけど、長年続いてきたものが、江戸から明治になった途端にがらりと変化するっていうのは考えにくいよね。

だから、関西弁を話す商人がいたとしてもおかしくはないんじゃないかな。

で、こういったことを背景にして「浪速屋」っていう屋号が使われているんだと思う。

ついでに三河

ついでに「三河屋」なんだけど、徳川家康が江戸に国替えされたときに、一緒に江戸に入った商人がいたらしい。*7

だから、三河の言葉を話す商人がいてもおかしくはないし、三河万歳は「徳川家康の出生地の郷土芸能を、幕府が擁護した *8 」らしいから、江戸に愛好者がいてもおかしくないのだと思う。

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除夜の鐘

ってことで、急いで記事を仕上げたけど、まだ除夜の鐘は鳴ってないよね。

『落語ことば・事柄辞典』によれば、掛け取りは「除夜の鐘が鳴りさえすれば、正月休戦で一旦執行猶予になる寛容さだった」らしい。

最近は騒音問題で除夜の鐘を鳴らせなくなったお寺もあるようで、そうすると、いくら八っつぁんが頑張っても、掛け取りは猶予されないね。

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